7月24日、私がCEOを務める株式会社パスで株式会社マードレックス(売上高22.6億円
H.27.4月期)と株式会社ジヴァスタジオ(売上高19.4億円 H.27年4月期)の2社の
子会社化を発表しました。化粧品、ライフスタイル商材を企画開発、販売している会社です。
昨年パスをお引き受けしたときの連結売上高が4億円程度でしたが、昨年12月の雑誌DRESSを
出版するgift社の買収、既存事業のテコ入れもあり、これで売上高50億円規模の会社に
なりました。
パスの成長戦略は当面「M&A」が機軸です。今後も想定している事業モデルの完成のために
M&Aの機会を模索していきます。私的には“まだまだ”です。
それにしても、今回のディールを通じて、改めて感じたのは“9合目は3合目”。
もうすぐゴールだと思っても、そこからの道のりが遠い。物事はそういうものですね。
時間をかけて議論してきたので、新たに子会社となる会社の幹部との信頼関係は非常に
深まりました。すでに同じ船に乗った仲間という感覚です。しかし、M&Aはディール後が本番。
これからです。
“女優肌”の「Ex:beaute」。これが子会社化したマードレックス社の代表的な商品です。
みなさん、または、みなさんの身近な方で「Ex:beaute」をお使いいただいている方
(過去に使ったことがある方)がいらっしゃいましたら、ぜひ、感想をお聞かせください。
(このメルマガの返信でお知らせください。よろしくお願いします。)
さて、今回、何度か深夜に及ぶ議論をしてきましたが、“スーパーサブ”が活躍することを
実感しました。
“スーパーサブ”とはスポーツで控え選手(サブメンバー)のうち、試合の流れに応じて
戦略的に投入される、優れた能力を持った選手のことです。ビジネスにおいても、
この“スーパーサブ”を投入する、というやり方は十分に使えます。
重要課題があるときに、取り組む検討(プロジェクト)チームを組成することがあると思います。
これは少人数の方がよいでしょう。4~5名が最適です。6名以上になると指示待ちや手待ちの
人間が出てしまいます。
チームが動き同じメンバーで長く議論をしてきますと、煮詰まります。壁にぶつかったときなど
、疲れから自分たちの思考の枠組みから抜け出せないことがあるものです。そういう場面で
元気いっぱいの“スーパーサブ”を投入することで流れが変わります。
今回は私自身を始め、社内外の各方面の関係者がこのスーパーサブの役割を果たしました。
コアチームのメンバーも途中で休みをとることで休み明けにスーパーサブの役割を果たしました。
難しい案件であればあるほど、このやり方が効くことを実感しました。
スーパーサブとして投入する人の人選には注意が必要です。
検討チームに入っていなかったことで“どうせ、俺は・・・”と劣等感を抱いていたり、
検討チームメンバーに対する嫉妬を覚えているようなタイプは“スーパーサブ”として
活躍することはできません。その人の根幹にあるのが「自分」だからです。自分が活躍することが
一義になっている人間を投入してしまうと、チームとしては活路を見いだすどころか、
チームが崩壊してしまいます。その人が自分中心のチームに変えようとするからです。
“スーパーサブ”に期待される役割が違います。あくまでも既存のチームのパフォーマンスを
改善するための働きを期待しての投入です。こういう働きができるのは個人的な野心がない人、
またはそういうことから”卒業“したシニアでしょう。スーパーサブは役職経験者の新たな
活用方法にもなります。
もう一つ、スーパーサブが効くための大前提があります。
あくまでもオリジナルの検討チームに強い当事者意識と自信があること。さもないと、
スーパーサブの投入を「交代」と勘違いして気持ちが萎えて更にパフォーマンスを落とします。
若いチームであれは、スーパーサブ投入の前にその意図を説明するプロセスが必要でしょうね。
このことを20年前に知っていたら・・・、精神的にだいぶ楽だったはずと思います。
おまけ:先週末から咳がひどくなり、夜眠れなくなりました。これはマズイと夜間診療
(18時から22時専門の診療所)に出かけて薬を処方してもらったのですが、これが全然効かず。
しょうがないので、日中のスケジュールをやりくりして、15年来お世話になっている主治医のところへ。
「あ、この抗生物質強すぎるね。3分の1でいい。」
「あ、この薬はダメだね。これは脳の中枢神経を麻痺させて咳を止めるやつだから、長引くよ。」
「あ、これは血液ドロドロにする薬だ。」
主治医でもらった薬をもらったその夜か眠れるようになりました。
夜間診療は問診と喉をチラリと見ただけ。胸の音も聞かず。こういうのをやぶ医者というのだ、と
実感。乃木坂にある港区の夜間診療には二度と行きません。
(最初からスケジュールをやりくりすべきだった。これが一番の教訓)