場所は東京大学の安田講堂で平日なのに1000名近い方が参集。
当日の映像の一部がYou Tubeにあります。少なくともその雰囲気が伝わります。
ご興味ある方はこちらを。
http://www.youtube.com/watch?v=DnB6j6DyKos
この講演の中で、Input-Throughput-Output論について話しました。
要約すると、優れたアウトプットのためには、アウトプットそのものための表現力、
アウトプットづくりのための思考力が欠かせませんが、それ以前に、
それなりのインプットがなければ話しにならない。
このインプットは情報であり、経験である。
然るにこのインプットは主体的に取りにいかないいと二次情報による
インプットになってしまい、優れたアウトプットにはつながらない、という内容です。
リーダーはヒトとヒトをつなぐべし、周囲をケア(大切に)すべし・・・
この話をしながら、気づきました。
大切にされたことがないヒトにそれを期待してはいけない、と。
経験がないと、”大切にされる”ということがどういうことかわからないので、
“できない”のです。Inputがないんです。
本人の意思や意識の問題とは別です。
周囲を大切にできないリーダーに対して、
厳重注意や、評価を下げて意識を変えるというのは、
全くソリューションになっていないと思いました。
このリーダーは、気の毒なことに、これまで
“誰かから大事にされた経験”が絶対的に少ないのです。
ですから、そのヒトを変えようとしたら、たっぷり、その経験をしてもらうのが一番です。
上司としては、その人を思い切り大切にしてみるのが、ソリューションだと思います。
一定の気づきに達するまでには、時間がかかるかもしれません。
ここが我慢のしどころ。
しかし、それをやらないと、そのヒトは変わらないでしょうね。
そう考えると、家庭や幼少時代にどれだけ”大切にされて”育ってきたか、
これが基盤になりますね。
わが身を振り返ってみると、常に周囲には、自分を大切にしてくれる人たちが
いてくれたように思います。両親、学校の先生、仲間たちに感謝・・・。
周囲のヒトを大切にする、という行為は考えて行うものではなく、
感覚的なものだと思います。考えてやろうとすると、
(相手がどう思うか)などと考え始め、かえって動けなくなります。
もちろん、良かれと思ってしたことが相手にとっては迷惑、
不愉快ということもあるでしょう。
そのときは、潔く謝る。
“ごめんさない”。
これでいいんです。
(謝ることもできないくらい、固まっているヒトの場合はお手上げですが。)
それまでの人生で”大切にされてきた経験量”、ってあると思います。
それと、周囲を大切にできる力・・・、
これはバランスしているのではないかと思います。
もしかすると遺伝的要素と幼少時の経験が自己資本で、その後の経験によって、
資本の部が積み上がり、総資産(周囲を大切にできる力)と均衡する・・・、
そんなイメージかもしれません。
で、この総資産が大きければ大きいほど、良い人生になるのではないかと。
一緒に仕事をしてきた仲間、現在、一緒に仕事をしている仲間を大切にしましょう。
最近、人前で怒ることがほとんどなくなった私ですが、
“ヒトを大切にしていない行為”、”Integrity(誠実さ)を欠いた行為”に直面すると、
さすがにコントロールできないこともあります。
しかし、”ヒトを大切にしていない”ヒトに対する接し方については、
ちょっと変えてみようと改めて思いました。
ちなみに、これって恋愛でも同じことが言えると思います。
ところで、そろそろクリスマスシーズンですね。
バブリーな贈り物はもはや流行りません。
それよりも、自分が心からおススメしたい映画、音楽、本を
大切なヒトに送ってみてはいかがですか。
(”美味しいもの”をあの人に、でもいいのですが、
それなりのものを贈ろうとすると高くつきます。)
恵比寿のTSUTAYAで、映画、音楽を大切なヒトへのGIFTにするコーナーを
つくってみました。
先日、旧知のH社社長のHさんに、Hさんが社長就任の年の
Best MovieとBest Musicを選んで贈ったところ、とっても喜んでくれました。
お手軽な値段でこれだけ喜んでもらえたので良かったなあ、と思いました。
これを、多くのみなさんに経験してほしい!
そのほかにも恵比寿のTSUTAYAでは、
これまでのTSUTAYAとは違うレンタル商品の陳列を試しています。
一度、覗いていただけません?(ご意見、ご感想、助かります。)
おまけ:最近、夢に知っている人がよく出てきます。
この前はCCCの販促基盤責任者のTさん。
一生懸命、僕に何かを売ってました。昨日は、マーサー時代の同僚のLさん。
やっぱり、何かを売ってました。何だろう? (何か買った方がいいのかなー)