Vol.807 「自分の時間配分権」(メールマガジン「人事の目」より)

驚きました。時間の流れは“山では早く、低地では遅い”、のだそうです。山地と平地では
、平地で暮らす方がゆっくり年を取るそうです。カルロ・ロヴェッリ著「時間は存在しない」
という本を読んで知りました。

わたしたちのすべての活動は時間の制約の中にあります。時間の使い方にその人が抱えている
ことがあります。自分が何にどのくらい時間を割いているのか。割いてきているのか。
過去のスケジュールを見返してみるといろいろなことに気づきます。

仕事は「集中」と「交流」により展開します。「集中」は直接的には自分のため、「交流」は
他の人のための時間です。自分が「集中」して何かに取り組みたいと思っていても、自分以外の
誰か(お客様、社内の上司、同僚、部下、家族、その他の人)からの「交流」で思い通りに
いかない。このストレスに悩まされている人は少なくないと思います。

この時間配分を自分の思い通りにできるとしたら、それはとても恵まれていると感謝した方が
よいでしょう。

中間管理職という「交流」地獄の中でそれなりのパフォーマンスをあげると、役員という
自分の時間配分をある程度自由に決められる天国に昇華できる。これが、大企業を中心とする
一般的なパターンでした。(オーナー企業においては、役職というよりも“オーナーのさじ加減”
でこれが決まっているのが多いと思いますが。)

社員には自律的に行動してもらいたい、と考える経営者は多いです。なぜ、社員は自分のように
考え動けないのか!、と苛立ちを示す経営者も少なくありません。自律的に行動するには
「集中と交流」の割合を自分である程度決められないと無理です。リモア環境下で全く動けない、
社内失業者が続出したのは、時間配分権を取り上げてきた過去のマネジメントの帰結です。

とてもチャレンジングではありますが、組織内の誰もが自分の時間配分権をある程度有している
状態にすること。これが目指す姿だろうと思っています。労働法の精神はこれとは違います。
時間配分権を100%有している使用者と時間配分権が0%の労働者という構造が前提となって
いますので。これでは自律的に成長する組織にはなりませんし、自分で考えて行動できる人は
離れていきます。

数日前に5年分のスケジュールを振り返ってみました。非常に多くの気づきがありました。
私は36歳で外資系コンサルティング会社の「取締役」となり、その後はずっと「社長」的な
役職に就いてきました。今は「会長」という「社長」よりも自由な立場です。時間配分権は
ほぼ自分にある生活を長く続けてきました。それが自分の生産性を高めてきたことは事実だと
思います。一方でこれは周囲の人たち、家族の我慢と犠牲によるものだったと。
自らの行動を改めるべしと痛感しました。(気づくの遅すぎ)


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