70歳までの定年延長義務化?企業が対応すべき5つの施策

労働力人口の減少や年金受給開始年齢の引き上げなどを背景に、企業では定年延長など高年齢者の雇用確保が求められるようになりました。2023年現在、60歳未満の定年制度を設けることは禁止されており、65歳までの雇用確保措置が義務づけられています

この記事では、企業における高年齢者の雇用義務の概要と、企業が取るべき対応、高年齢者の雇用確保に関する企業の先行事例などをご紹介します。

今後さらなる定年延長なども予想されるため、企業としての対応を早めに検討してください。

定年・高齢者雇用に関する法改正のポイント

はじめに、定年や高年齢者の雇用に関する法律について解説します。

年齢に関わらず働く意欲のある者が能力に応じて活躍できる環境を整備するための法律として、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(通称:高年齢者雇用安定法)」があります。

企業には従来の「60歳未満の定年禁止」「65歳までの雇用確保義務」に加え、2021年4月の改正により「70歳までの就業確保の努力義務」が課せられました。

それぞれの概要とポイントは、以下の通りです。

【義務】60歳未満の定年禁止

企業が定年制度を設ける場合、その定年年齢は60歳を下回ってはいけません。つまり、2023年時点での最低定年年齢は60歳です。

60歳以上の定年年齢を定めること、定年制を設けないことは認められています。

【義務】65歳までの雇用確保

定年年齢を65歳未満の年齢で定めている企業は、65歳までの雇用確保として以下いずれかの措置が義務づけられています

  1. 65歳までの定年引き上げ
  2. 定年制の廃止
  3. 65歳までの継続雇用制度(雇用延長や再雇用制度など)の導入

「3. 65歳までの継続雇用制度」は、原則として継続雇用を希望するすべての労働者を対象とする必要があります。また、2023年現在は一定の条件の下、以下のように継続雇用の上限年齢を段階的に引き上げることが認められています。

昭和 28 年 4 月 2 日から昭和 30 年 4 月 1 日までに生まれた方61 歳
昭和 30 年 4 月 2 日から昭和 32 年 4 月 1 日までに生まれた方62 歳
昭和 32 年 4 月 2 日から昭和 34 年 4 月 1 日までに生まれた方 63歳
昭和 34 年 4 月 2 日から昭和 36 年 4 月 1 日までに生まれた方 64 歳

(出典:厚生労働省労働基準局監督課「モデル就業規則」より抜粋して記載)

ただし、上記の経過措置は2025年4月に撤廃されるため、以降は継続雇用が可能な年齢を65歳以上に定める必要があります

【努力義務】70歳までの就業機会の確保

2021年4月の高年齢者雇用安定法改正により、上記2つの義務に加えて「70歳までの就業機会の確保」が努力義務化されました。(定年を70歳まで引き上げることを義務化するものではありません。)

定年年齢が65歳以上70歳未満の企業や、65歳までの継続雇用制度を導入している企業は、以下いずれかの措置を講じるよう努める必要があります。

  1. 70歳までの定年引上げ
  2. 定年制の廃止
  3. 70歳までの継続雇用制度(雇用延長や再雇用制度など)の導入
  4. 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
  5. 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
    1. 事業主が自ら実施する社会貢献事業
    2. 事業主が委託、出資等する団体が行う社会貢献事業

上記の努力義務では、企業に対して70歳までの労働者に対する「雇用」に限らない「就業」の確保を求めています。また、元の雇用主に限定せず、関連する団体での就業の可能性も認めています。

上記の就業機会の確保は現時点で「努力義務」ですが、希望する社員等が70歳まで働ける環境づくりが大切です。

【番外編】高年齢雇用継続給付の縮小

定年等のあり方とあわせて、企業が確認すべき法改正があります。雇用保険法で定められている「高年齢雇用継続給付」の縮小です。

高年齢雇用継続給付とは、一定の条件を満たす60歳以上65歳未満の労働者に対する給付制度です。60歳以降の賃金が60歳時点の賃金の75%を下回る場合、雇用保険から最大で賃金の15%分の給付を受けることができます。

多くの企業では、定年を60歳と定めたうえで、60歳以降の賃金をそれまでよりも減額する制度が採用されています。60歳以降に賃金が低下しても、高年齢雇用継続給付を活用することで、収入額を補填することが可能でした。

しかし2025年4月以降は、高年齢雇用継続給付による給付額が60歳時点賃金の最大10%まで減額されます。また、最終的には制度自体が廃止されることが決定しています。

(出典:厚生労働省「高年齢雇用継続給付の見直し(雇用保険法関連)」

高年齢雇用継続給付を減額された給与の補填分と考えていた労働者にとって、日々の生活に直接影響を及ぼす改正です。「高年齢雇用継続給付ありき」で報酬制度を整備している企業は、対応を検討する必要があるでしょう。

定年延長・高年齢者の雇用確保に対して企業が取るべき対応

高年齢者雇用安定法の改正や高年齢雇用継続給付の縮小を受け、多くの企業では高年齢社員の雇用のあり方を見直す必要があるでしょう。

実際に検討が必要な制度内容や、高年齢者の就業に際して取り組むべき対応などを5つご紹介します。

1.就業規則の見直し

「定年」は、就業規則の絶対的必要記載事項である「退職」にあたります。そのため、定年制を定めている企業は、自社の定年制が現在の法令に準拠しているかを見直し、是正する必要があります。同時に、能力や意欲のある高年齢の社員が働き続けられる制度への変更も検討しましょう。

また、就業規則や附則で再雇用制度・継続雇用制度を規程している場合、同様に見直しが必要です。

まずは自社における高年齢者の雇用・就業確保に関する方針を決定したうえで、関連する規程の見直しを行ってください

2.報酬制度の見直し

年齢に関わらず能力と意欲のある労働者が活躍できる環境づくりに向けて、報酬制度を見直すことも大切です。

多くの企業では、年齢に応じて昇給する基本給や、一定の年齢に達すると役職を退く役職定年の制度を導入しています。

「何に対して報酬を払うのか」という報酬制度の原点に立ち返り、年齢に準拠した報酬のあり方を再検討するとよいでしょう。

【参考動画】「同一労働同一賃金から考える「何に対して報酬を払うのか?」

【参考動画】「生涯現役!プロフェッショナル型人事制度」

3.労働制度の見直し

働く高年齢者の増加を想定し、働く場所や時間などの見直しも必要になるでしょう。

「全員出社・フルタイム勤務」を前提とした労働制度だけでなく、労働者の家庭環境や健康状態に配慮した柔軟な働き方を検討してください。

時間に配慮した労働制度の例・時短勤務
・フレックスタイム制度
・自社出勤制度
・コンプレストワークウィーク
・裁量労働制
場所に配慮した労働制度の例・在宅勤務
・モバイルワーク
・サテライトオフィス

高年齢者が無理なく働ける環境づくりは、すべての労働者にとって働きやすい環境づくりにもつながります。

4.従業員のリスキリング

変化の激しいビジネス環境に対応していくために、従業員のリスキリングも重要です。

高年齢の労働者の中には、ITツールの使用やITリテラシーに関して苦手意識のある方も多いでしょう。リスキリングの必要性を従業員に浸透させるとともに、積極的な学びの場の提供を検討してください。

リスキリングの実施においては、単に従業員のスキルアップを目的とするのではなく、企業が目指すべき事業方針に沿った学びの提供が必要です。

5.健康経営の推進

従業員の心身の健康を促進するための取り組みも、今まで以上に重要となるでしょう。

職場における高年齢者の増加に伴い、身体機能の低下による労働災害や、疾患などに起因する労働生産性の低下など、多様なリスクへ備える必要性が増します。

具体的には、以下のような取り組みが必要です。

  • 作業内容・作業環境の見直し
  • 健康診断やストレスチェックの充実
  • ヘルスリテラシー向上のための社内セミナーなどの実施
  • 健康相談窓口の創設
  • 休職制度や復帰支援制度の充実

外部の専門家などを活用しながら、高年齢者が生き生きと働ける環境づくりに努めましょう。

定年延長・高年齢者の雇用確保に関する企業の先行事例

最後に、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構の「70歳超雇用推進事例集2023」より、高年齢者の雇用に関する企業の先行事例を3つご紹介します。

自社の現状や課題と照らし合わせながら、取り組みを参考にしてください。

【従業員300人未満】社会福祉法人愛心会

特別養護老人ホーム・短期入所施設を運営する社会福祉法人愛心会は、再雇用制度の見直しとスキルアップ研修などの導入により、定年後も生き生きと活躍できる環境づくりを進めています。

業種社会保険・社会福祉・介護事業
従業員数50人
課題・社員の高齢化・従業員の約3割が60歳以上
取り組み内容・定年を60歳から66歳の間で自ら決定できる選択制に変更
・70歳までの再雇用制度の導入・退職金の支給時期の見直し
・高年齢者の役割の明確化
・高年齢者の戦力化につながるスキルアップ研修の実施
・機械の導入による作業負担の軽減・月1~2日の有給取得奨励

高年齢者が自身の希望に応じて働き続けられる制度・環境を整備すると同時に、企業が期待する役割を発揮してもらうための取り組みを実施しています。

【従業員300~1,000人未満】三谷産業株式会社

化学品や住宅設備機器、エネルギー等の分野でグローバルに事業を展開する三谷産業株式会社は、希望に応じて働き続けられる制度の導入や、高年齢社員のモチベーションアップ施策を実施しています。

業種各種商品卸売業
従業員数616人(単体)
課題・ベテラン社員からのスキル継承
・ベテラン社員のモチベーション向上と活躍の推進
取り組み内容・60歳の定年後、希望者全員を65歳まで「マスター社員」として正社員雇用
・65歳以降は上限年齢のない継続雇用の実現
・年功的要素の強い賃金制度から成果給への変更
・マスター社員の人事考課制度の導入・役職定年の導入による次世代への承継促進
・「第二退職金制度」の導入
・60歳以降の働き方を見据えた「キャリア・リ・デザイン研修」の実施
・スキルを社外で生かす「出来高払いオプション」制度の導入

高年齢の社員が社内外で自分のスキルを生かして活躍し、後世へノウハウを継承しながら、社会に貢献できる仕組み作りを推進しています。

【従業員1,000人以上】株式会社ファンケル

化粧品・健康食品の研究開発や製造、販売を行う株式会社ファンケルは、「働けるうちは働きたい」という社員のニーズに応える取り組みを実施しています。

業種製造業
従業員数2,654人
課題・定年を迎える社員からの継続勤務希望
・高年齢者の就業促進に関する社会的な要請
取り組み内容・定年を60歳から65歳へ引き上げ
・上限年齢のない「アクティブシニア社員制度」の導入
・65歳以上の短時間勤務の導入
・60歳前半の賃金制度の新設
・55歳以上を対象にしたセカンドキャリア研修の実施
・5人の常勤保健師による社員の健康状態管理

社員の平均年齢が37.4歳、60歳以上の割合が2.3%と、従業員の高齢化が進む以前から、将来を見据えた高年齢社員活躍の施策に取り組んでいます。

70歳定年義務化を見据えて早めの対策を

労働力人口の減少、従業員の高年齢化が進むなか、今後は定年の最低年齢引き上げなどが法令化される可能性もあります

現在の高年齢社員への対策だけでなく、将来的な企業の在り方を見据えて、人材活用や制度、環境の見直しを進めていきましょう。

人材育成・組織開発のコンサルティング事業を提供する株式会社Indigo Blueでは、従業員のリスキリングや基礎となるビジネススキルの評価・強化を支援しています。年齢に関わらず活躍できる社員や組織づくりにご関心のある方は、ぜひお問い合わせください。

※サービスの詳細・お問い合わせはコチラからご確認ください。

記事監修

瀧谷 知之(Indigo Blue 取締役)

トーマツ コンサルティング(現デロイト トーマツ コンサルティング)に入社し、通信ハイテク業界の戦略立案/変革支援に従事。 その後ジュピターTVを経て、ツタヤオンライン、TSUTAYA、カルチュア・コンビニエンス・クラブで経営企画/経営戦略室長として、ネット事業領域を中心に戦略立案や事業改善、新規事業企画、赤字事業の再建/撤退、M&A等を手掛ける。 2010年に株式会社コラビーを設立し代表取締役CEOに就任のほか、パス株式会社の代表取締役COOおよび各グループ会社の代取/取締役を経て現在に至る。今までに上場企業含め9社の代取/取締役を経験している。


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