インディゴブルーの人事手帖
第四回「アラフィフは谷間の世代!?次世代人材はどこに?」

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「菊池君、この前のセッション、どう思った?」

人事担当役員の菊池は社長室で飛田から聞かれた。

「良かったと思います。僭越ながら、経営陣のみなさんが自分ごととして次世代人材の発掘、育成にあたろうと思われたように感じました」

「そうなんだよ。あの後もあのメンバーで話す機会があってね。菊池くんが言うように当事者意識は相当高くなったと思う。私も良いセッションだったと思う」

 そう言いながらも、飛田の表情は冴えない。

「吉田くんがね――自分たちの直下の世代には候補者がいないことが明らかだから、もう一世代下の連中を抜擢して鍛えた方がいいと言ってきた」

 吉田は営業本部を管掌する専務執行役員だ。55歳。経営陣の中では最年少だ。

「確かに今の執行役員クラスからわれわれの後継者を選ぶのは苦しい。これは事実だ。ただ、吉田くんはその下の部長クラスもダメ。課長クラスから抜擢してはどうか、と言うんだ」

 無茶だ。先日のセッションで次世代人材として挙げたリストは全員部長以上。あのリストに挙がった人材全員が失格ということになる。課長クラスには勢いがある人間が結構いる。ただし、あくまでも課長として優れているだけだ。吉田の言わんとするところもわかるが、現実的ではない。

「ここだけの話……」

飛田が声を潜めた。

「私は吉田くんが私の後継者候補の一人だと思っていた。ただ、吉田くんからそれを断ってきたのだよ」

「え? どういうことですか?」

「吉田くんに、仮の話として私の後継者、つまり、社長になる気はあるか、と聞いたら、『遠慮します』と言われた。自分には人を巻き込む力はないと言っていた。自分は参謀役が一番向いているとわかっているそうだ」

 吉田が次期社長候補なのは社内では暗黙の了解事項だった。現経営陣の主力メンバーの中で50代はCFOの山際と吉田だけだ。普通に考えるとこの二人のどちらかということになる。次期社長人事の話を聞き、菊池はドギマギした。

社長人事については人事担当役員であっても、これまではアンタッチャブルだった。

「……どうされるんですか?」

「人材育成は時間がかかる。インディゴブルーの柴田会長が言っていたように次の候補、その次の候補と人材プールをつくって意図的に育てることをしないといけないな。私の次をどうするかについては社外役員の戸嶋さんと三浦さんと相談する。柴田会長にも来ていただきたいので、ミーティングをアレンジしてほしい。菊池くんは吉田くんと話して、彼の構想をよく理解してもらいたい。それを実行するとしたら……という案をつくってくれ」

「今の執行役員クラスと部長はいわば“ヒラメ型”だ。上の意向ばかり気にしている。この前のセッションで確認した四つの要素を持ち合わせた人間はいない。しかも勉強もしない。経営人材候補はいないね。残念だけど」

 吉田からバッサリ切り捨てられた。悔しいがそう言われると反論できない。自分は最年少執行役員だが、経営人材かと言われると胸を張る自信はない。

「課長クラスとなると、正直分からない。日常的にあまり接点もないし。このクラスから次世代人材候補を発掘するとしたらどうしたらいいかな?」

「各部門から選抜してもらうしかないですね」

「毎年、選抜研修をやっているじゃない。僕も最終発表に何度か立ち会ったけれど、あの人選、おかしくないか?どうやって選んでいるのかな」

「人事評価の上位から部門長に選んでもらっています」

「人事評価はさ、今のポジションの仕事ぶりをみてるわけでしょ。選抜の視点が間違ってると思う。今、優秀ということだけじゃなくて、今後、より高いポジションの仕事をすることになっても優秀と思われる人を選ぶべきだろう。特に今回のような次世代経営者候補となると、極端な話、今うまくやってるかどうかは二の次でもいいと思う。中間管理職としては普通だが、経営職としては一流。そんな人材候補を選抜してほしい」

「あのセッションは良かったんですけど、いろんな方面にものすごく波及しましたよ」

 吉田との面談の数日後、菊池はインディゴブルーの柴田会長の事務所にいた。

「吉田さんが暴走しまして……。次世代経営者候補を執行役員、部長層を飛ばして課長層から発掘したいと言っています」

「ということは菊池さんも飛ばされたということですね」

 柴田会長がにやりと笑った。

「僕はいいんですけど……。吉田さんからはこの世代はヒラメだと言われました。勉強もしていないと言われました。悔しいですが、その通りだと思います。上から降ってくる仕事を懸命にこなしてきた世代だと思います」

「上の世代が強烈だとそうなりがちですね。特に今のアラフィフは昭和の働き方の中で時間を過ごしてきていますからね。自分の意思で勉強するよりも、上の指示に応えることに時間を使う習性が身についていますからね」

 痛いところを突かれた。その通りだ。でもどうすればいいんだ。このままだと自分たちの世代はどうなる!?

「大丈夫ですよ」

 柴田会長に見透かされた。

「菊池さんの課題は二つになりますね。まずは今の課長層から将来の経営人材になりそうな人を選抜するための場をつくること。もう一つは今のアラフィフ世代対策。これらについて考えていきましょう」
 
 課長層からの選抜については、人選にあたっての留意事項を部門側にしっかり伝えること。その上で、OT(オータニゼーションシアター)を含む全8日のプログラムを通じてアセスメントすることにした。問題はアラフィフ世代対策だ。こっちは自分も当事者だけに気になる。
 
 「菊池くん、下の世代の抜擢をするには上を外さないといけない。この改革を進めることが僕の最後の使命だと思う」

と飛田が言う。

 吉田の動きは速い。なんとか手を打たないといけない。菊池は再度、吉田と話すことにした。(続く)

 

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