インディゴブルーの人事手帖
第五回「“ゼロイチ人材”はいなくても……」

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「菊池くん、オンラインで話せるかな。」

CFOの山際からチャットが入った。山際は経営陣の中では唯一チャットツールを使いこなしている。オンラインミーティングも全く問題ない。

「吉田さん、どうしちゃったのかな。この前の役員会の後で呼び出されてね。自分たちの使命はいかに若い世代を引っ張り上げるかだと思うので、山際さんもよろしく、って言われた。これどういう意味かな?」

菊池は人材像カードのセッションの後、次世代経営人財が直下の世代にはいない、課長級から発掘すべきと吉田が主張していることを伝えた。

「飛田さんはこのことを知ってるの?」

「はい。心配しています。」

「そうだよな。俺によろしくって言ってたけど、それは・・・、俺にも降りてくれ、という意味か。」山際の表情が曇った。

「菊池さん、助けてください。」営業本部人事の三田からSOSが入った。

「今後の人材に求められるスキルセットについて人事はどう考えている?って吉田さんから聞かれまして、いまの職務記述書を持っていったんですが、考えてないってけちょんけちょんに怒られました。」

人材像カードのセッションで挙げられた「情熱」「倫理観」「先見性」「人を巻き込む力」については、まだ一部の人間にしか共有していなかった。三田が知らないは当然だ。

「申し訳ない。その件、僕が引き取るよ。」

「人事評価は今を見ている。しかも、その項目は過去の人材像からのものだ。コロナ禍は多くのビジネス慣行を覆した。この変化にわが社をどう適応させていくか、これが現職の経営陣の使命だと思う。まさに「先見性」をもって「人を巻き込む」ことができるメンバーに執行役員を変えないといけない。僕が主張しているのはそういうこと。その見極めのためのスキルセットを明らかにしたいんだよ。三田くんは意識不足だな。」

 吉田の言うことはもっともだ。ただ今後どうなるかわからないということを前提にするとしたら、そこで求められるスキルセットもわからないということではないか。菊池は混乱してきた。

「確かにそれは難しいですね。スキルセットとして整理したとしても、それで全てかと言われると誰も自信をもってそうだ、とは言えないでしょうね。これから時代の要請がどう変わるか、わかりませんからね。」

 インディゴブルーの柴田会長の言葉に菊池はホッとした。

「スキルの抽象度を敢えて高めておいた方がいいでしょう。ただ、今後、これまでとは異なる人材が求められていることは間違いありませんが。」

 異なる人材、吉田さんが主張しているのはこのことだ。柴田会長は続けた。

「仕事は次の4つに分類できます。“0から1をつくる”、“1をN倍にする”“1を1.1倍にする”、“1を守る”。このうち、“1を守る”と“1を1.1倍にする”人材が重用されてきました。当然です。自社のビジネスモデルを守り、その効率を高めることに注力してもらうのが良かったからです。これからは違います。自社のビジネスモデルをどう適応進化させるかが問われています。“0から1”、“1をN倍”にできる人材が必要です。

「“0から1”を生むような人材は正直社内には見当たりませんが・・・。」

「そうですね。そもそもそういうタイプは大企業を就職先に選ばないでしょうからね。大学の研究室に残ったり、ベンチャー企業にいる可能性が高い。ただ、“1をN倍にする”人材はどうですか。過去にもいたんじゃないですか。」

 柴田会長からそう言われて、社長の飛田の顔が浮かんだ。飛田は消音モーターの技術を活用した洗濯機を世の中に広めたことで知られる。

「人材像カードのセッションのときに、柴田会長が“未来のフジタケを背負うリーダー”をイメージしてください、って仰ってたじゃないですか。吉田さんはどんなイメージを持ってましたか?」

菊池は改めて吉田とのオンラインミーティングの場を設けた。

「そりゃ、新規事業の立ち上げ・推進だよ。事業にはライフサイクルがある。常に新規事業の可能性を模索し、立ち上げていかないと会社の持続的成長は難しい。このことを意識している人材をイメージしたかな。」

「それは、その人材が自ら新規事業を開発をしているということでしょうか?」

「そういうケースもあるだろうけど、どうかな。どちらかと言うと企画マンかな。新しい技術や他で利用されている技術を活用してビジネスに仕立てる、ま、プロデューサーだな。そうそう、社長の飛田さんはこのタイプだと思うよ。」

吉田と初めて想いが一致した。

「だから僕は飛田さんの後継者ではない。僕は参謀だよ。プロデューサーがうまく立ち回れるように助言する役目。次世代のリーダーではない。」

ドキリとした。飛田から打診を断ったことは聞いていたが、直接聞かされるとは思っていなかった。

「今の執行役員や部長層にもプロデューサーになりうる人材がいるんじゃないでしょうか?」

「ダメダメ。きみも部長選抜研修の事務局やってたからわかるでしょ。正解探しばかり。あの層にはいないよ。」

吉田に一蹴された。

「ところで、営業部門で大幅な入れ替えをすることにした。営業部門であれば僕の権限でできるからね。」

「大幅な入れ替えとは?」

「うん、執行役員、部長クラスの半分くらいを入れ替える。ポテンシャルありそうな課長級から抜擢する。隗より始めよ、だよ。」

「菊池、どうなってるんだ?吉田さんから降格だと言われた。降格されるようなことはしていない。こんな人事がありうるのか?」

東日本を統括する執行役員の掛川から問い詰められた。掛川は菊池が新入社員のときのメンターだった。

「不当人事だ。パワハラとも言える。降格です、はい、わかりましたと言えるか!前田部長も舘林部長も同じことを言ってる。社長に直訴する!」

不穏なムードになってきた。(次号へ続く。次号配信をお待ち下さいませ。)

 

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